先崎学(うつ病九段棋士)が世界一受けたい授業に!妻は?病気休場から克服復帰ドラマが本・NHKに!

こんにちは。

マダム・アフロよ。

マンガ好きなアフロは

「3月のライオン」も大好き♪(* ̄▽ ̄*)

あの中で描かれる棋士の姿って

凄く過酷で壮絶なものがあるわね。

自分の身を削りながら

一手一手を指していくプロ棋士の姿。

ストイックな生き方に惹かれるわー。

そんな過酷な世界で生きながら

一時表舞台から消えた棋士が先崎学さん。

なんとうつ病を患っていて闘病‥

入院もされていたんだとか。

そんな先崎さんが復活し

「世界一受けたい授業」に登場して

色んな話をしてくれるというから

気になるところ!

今日はそんな先崎学さんや

妻の穂坂繭(ほさかまゆ)さん

うつ病になった経緯、

そして復活までを描いた本について

調べてみたので良かったら

一緒に見ていってね。

プロフィール

出典:https://www.shogi.or.jp/

先崎学(せんざき・まなぶ)

生年月日:1970年6月22日

出身地:青森県

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1.先崎学(うつ病九段棋士)プロフィール

先崎学さんは1970年青森県生まれ。

とはいえ生後半年で親の転勤で

青森を離れ、小学校低学年には

北海道札幌市にいたとのこと。

少年時代は吃音だったものの

田中角栄氏が浪曲を歌って克服したのを知り、

節をつけてしゃべってみて

吃音を改善されたというからスゴいわね。。

小さい頃から棋士としての才能を

発揮していた先崎学さんは1979年

「よい子日本一決定戦

小学校低学年の部」で優勝!

しかも準優勝は同い年の

羽生善治さんだったというから驚きね!

1981年の秋、小学5年で奨励会に入会。

入会の前年から小学校卒業まで、

師事していた米長邦雄永世棋聖のお宅に

内弟子として住み込み、

同期の林葉直子さんと二人で

新宿将棋センターへ将棋を指しに

行っていたともいうわ。

将棋にどっぷり浸った生活を

されていたのね~(*^^*)

実は同い年の羽生善治さんや

森内俊之さん・郷田真隆さんは、

1年遅れての入会。

当時の活躍は目ざましく、

小学生て2級まで昇級した先崎さん、

「天才先崎」と呼ばれていたとのこと。

しかし、その頃、

ちょっと調子に乗ってしまったのか

先輩に誘われ雀荘デビューしたという

先崎学さん…敗戦が続き

1級に上がるのには2年近くかかったみたい。

ある意味、順調な(?)男の子のプロセスを

経験された先崎学さんだけれど、

この間に羽生さんに追い越されることに。。

ストイックさって大切ね(^_^;)

少々ぐれていた時期も経験した先崎さん、

「将棋マガジン」誌(日本将棋連盟)の

羽生さんの四段デビュー戦の記事で、

「天才」羽生さんの写真の横に、

「元天才?の先崎初段」と自身の

写真を掲載されたんだとか。

…これは凹むわ( ̄▽ ̄;)

色んな棋士に追い抜かれていることに

気付きいた先崎学さんは、

向上心が芽生えここから発奮。

1987年の第1回三段リーグで

12勝4敗で2位となり1期抜け。

1位の中川大輔さんと同時に17才でプロ入り!

1990年度のNHK杯戦では羽生善治さんを

準決勝で破り、棋戦初優勝!

2014年には九段に昇段されているわ。

幼少期に天才と呼ばれ、

勝つことが当然であっただけに

負けること、追い抜かされることは

辛かったと思うんだけれど、

きちんと帳尻をあわせて

あきらめずプロになっておられることに

心打たれるところがあるかも。

とはいえ、悪友・中田功さんに誘われ

パチスロにはまったこともある先崎学さん。

…なかなか人間臭い人ね(^_^;)

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2.先崎学(うつ病九段棋士)の病気による休場の真相は?

そんな人間的魅力にもあふれた

先崎学さんが罹患したのが

まさかの「うつ病」!

その予兆は先崎学さんの

47回目の誕生日の翌日から

生じた…と後述する本の中で

書いておられるわ。

自分の体の中でムズムズした違和感を

感じるようになった先崎学さん。

特に寝起きの調子が悪く、

朝は4時に目が覚め、

寝入りも悪くなっていったとのこと。

だけど最初はそれほど深刻に

捉えていなかったのね。

人間気分の浮き沈みは良くあるもの…

7月の上旬に順位戦の初戦があり、

そのプレッシャーが原因で、

一時的なものだろうと

自らを納得させていたのね。

ところが症状は悪くなるばかり…。

その7月の順位戦で自身のおかしさを

確信することに…

対局中にまったく集中できず、

思考が全然まとまらず、

読みもせずふらっと指してしまう…

そんな状況が順位戦の間

ずっと続いたという先崎学さん。

7月に指した対局はどれもひどく、

心身ともに調子は悪くなるばかり。

得体の知れない不安が襲い、

決断力がどんどん鈍くなっていき、

ひとりで家にいると猛烈な不安が、

でも家を出ようとすると、

今度は家を出る決断ができない…という

八方塞がりな状況に…( ω-、)

幸いなことに(?)先崎学さんの兄は

優秀な精神科医だったのね。

そのお兄さまと奥さまが相談し、

かかりつけの慶応病院に行くことに。

そして、そこで「うつ病」の

診断を受けられたとのこと。

そこから1年の闘病を経て、

今年6月に対局への復帰を果たすまで、

文字で書くとあっさりだけれど、

その間、先崎学さんはまさしく

「死闘」を繰り広げておられたのね。

喜怒哀楽を感じなくなり、眠れなくなり、

ネガティブな考えに陥り、

常に「死」のイメージがつきまとう日々。

やがて兄や妻から説得され

入院することになる先崎学さん。

「うつ病」とは決して

心の弱さが原因ではなく、

あくまで「脳の病気」なのね。

だから、お兄さまは

「必ず治ります」という

一行のラインを先崎学さんに

送り続けたとのこと。

少しずつ少しずつ出来ることが増えていき、

退院して、勇気を出して外に出ようとする

先崎学さん。

だけど回復するに従って、

今度は復帰への不安と、

活躍する棋士に激しい嫉妬を覚えることに。

折りしも、世間は

当時四段だった藤井聡太さんの連勝による

藤井フィーバーがはじまったころ。

実は先の2~3月頃に

「不正ソフト使用疑惑事件」

揺れていた日本将棋連盟。

それを立て直そうと

奔走されていた1人が

先崎学さんだったのね。

しかも、そのころ、先崎さんが

長年監修としてかかわってきた漫画

「3月のライオン」が映画化され

封切りされたとのこと。

失墜した将棋界のイメージを復活するべく

張りきった先崎学さんは

原稿、イベント、取材…などなど

全ての仕事を受けるという荒業に(゚Д゚;)

その2か月の間、

休みは1日しかなかったというので

これがトリガーのひとつでも

あったのかもね。

そんな先崎さんがあれほど望んだ

棋界の復活劇…その最中、

先崎学さんは自分のふがいなさに

いらだちと不安、そして自己嫌悪という

負のスパイラルに陥り、悶々とした

とても辛い時期をすごされていたとのこと。

あの華々しい藤井フィーバーの裏で

こんなに苦悶していた

棋士がおられたなんて…

人生って切ないわね(T-T)

先崎学うつ病九段の闘病を支えた

妻・穂坂繭さんや、闘病から克服までを

赤裸々に描いた「うつ病九段」の

本・ドラマについては次のページへ!

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