爆弾薬剤師・大道寺あや子。連続爆破事件で国際手配テロリストの現在は?

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こんにちは。

マダム・アフロです。

今日はMBSテレビ2018.4.8  18:30から放送の

【テレビ史を揺るがせた100の重大ニュース】より、

連続爆破事件・国際手配テロリスト

「大道寺あや子」

ご紹介したいと思います。

有名企業の連続爆破事件に

関わった美貌の薬剤師の裏の顔‥

そんな設定、ドラマだけかと思っていたら

本当にあったんですねー!

調べていて驚きました。

一緒に見ていきましょう!

目次

  1. 爆弾薬剤師・大道寺あや子とは?
  2. 爆弾薬剤師・大道寺あや子による三菱重工などの連続爆破事件
  3. 国際手配された爆弾薬剤師・大道寺あや子の現在

出典:NAVERまとめより

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1.爆弾薬剤師・大道寺あや子とは?

大道寺あやこは1948年10月20日北海道生まれ。

元の名前は駒沢あや子でした。

北海道釧路湖陵高等学校を卒業した後、

星薬科大学に推薦で進学しています。

スピードスケートで活躍したり

成績優秀で卒業生総代を務めるなど

この頃には影らしきものが

全く見えませんね。

人生って分からないものです(ーー;)

大学時代もワンダーフォーゲル部で活動するなど

素敵なキャンパスライフを送っていましたが、

高校時代の同級生である

大道寺将司に再会したことで運命が変わります。

絶対というわけではありませんが

女の人生って本当に

男で変わることが多い!!(*゜∀゜*)

大道寺将司に誘われ「研究会」なるものに

入った大道寺あや子。

この「研究会」とは

大道寺将司と主要メンバーが中心となり

「日本帝国主義」がアジアで行ってきた

「悪行」について集中的に学習する、

というものでした。

ここで過激な反日思想が育まれていったのですね。

なーんとなく、純粋な女性が

好きな男性のために努力して

その色に染まっていった・・

その色がマズかったという気がするのは

アフロだけでしょうか?^_^;

これをきっかけに

大道寺将司とあや子は、交際・同棲、

そして結婚することとなりました。

卒業後は新宿区の病院

薬剤師として勤務していたのですが、

その後、都内の試薬会社に転職

その目的が

爆弾に使う薬品を入手するため

というのだから驚きです(゜Д゜;)

勤務態度は凄く良かったみたいですね。

えてして、裏の顔を持つ方が

仕事は真面目になる!というのが

アフロの持論です(・ω・)

こうして着々と夫婦で

日本を震撼させる事件の準備は

行われていったようです。

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2.爆弾薬剤師・大道寺あや子による三菱重工などの連続爆破事件

上の「研究会」を主軸とし

東アジア反日武装戦線として

テロリスト活動を行った

大道寺将司とあや子。

「研究会」では1971年1月から

自家製爆弾の実験を開始したとのこと。

・・・なんて恐ろしい(゜Д゜;)

その一年以内

1971年12月12日

最初の事件は起こります。

興亜観音・殉国七士之碑爆破事件

まずは大衆へ訴える

カンパニア闘争として、

「日本帝国主義」の象徴の爆破

決行したのです。

その後、1972年に

総持寺納骨堂爆破事件(4月6日)

風雪の群像・北方文化研究施設爆破事件(10月23日)

と立て続けに事件を起こし、12月には

「東アジア反日武装戦線」

名乗るようになりました。

その中でも「グループ」があったようで

大道寺あや子は将司とともに

「狼」の班で活動していたようです。

組織内でのコードネームは

浅川マキのファンであったことから

「アサカワ」

そして1974年8月30日、

組織内で「ダイアモンド作戦」と呼ばれていた

三菱重工爆破事件が発生します。

その後の、

「連続企業爆破事件」の

始まりの事件です。

この爆破事件でビル1階の玄関ロビーが大破。

表通りにも破片が降り注ぎ

死者8名ほか多数の負傷者が出ました。

ビルの窓は9階まで全て割れ、

道路に止めてあった車両も壊れ、

街路樹の葉も吹き飛ばされるという

破壊力のある爆弾だったようです(゜Д゜;)

大道寺あや子は、この事件で

時限爆弾設置現場の見張り役を担当していたとのこと。

1975年5月19日に逮捕されるのですが

その時には青酸カリで自殺を図っています。

捜査員に阻止されて未遂に終わったようですが。

なんだろう。

突っ走ってしまって

戻れなくなってしまった印象を受けるのは

アフロだけかしら?^_^;

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3.国際手配された爆弾薬剤師・大道寺あや子の現在

こうして逮捕された大道寺あや子ですが、

1977年、日本赤軍による

ダッカ日航機ハイジャック事件の際に、

超法規的措置として釈放・出国しています。

これは、犯人グループが人質解放の条件のひとつとして

日本で服役・拘留中の9名の釈放を求めた事件で、

当時の内閣総理大臣・福田赳夫氏

「一人の生命は地球より重い」と述べて、

大道寺あや子含む収監メンバーの引き渡しに

応じたものです。

福田赳夫氏・・凄い決断だと思います。

「一人の命は地球より重い」という

言葉自体は知っていたのですが、

ここから来ている名言だったんですね。

しかも、福田赳夫氏はこのあと

引責辞任しています。

さぞかし悔しかったのではないかと思います。

こうして日本赤軍に合流した

大道寺あや子は今も

国際指名手配されています。

その後の足取りですが、

詳しいことはもちろん分からず。

(分かっていたら警察に届けますよね^_^;)

1985年には東アジア反日武装戦線の支援者らに

アピールを寄せたり、

1999年に香港で日本赤軍最高幹部の

重信房子と会合を持ったことが確認されています。

2001年に重信房子は「日本赤軍解散宣言」をするのですが

それに対して大道寺あや子は

「日本赤軍解散宣言無効宣言」

寄せています。

その後は、生死なども含め

分かっていないようです。

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まとめ

いかがだったでしょうか?

国際手配の大道寺あや子。

薬剤師としての知識を、

こんな形で活かしてしまった

女性の生き方に、

少し寂しさも感じます。

もしかしたら本人は

愛と使命に燃えて、

幸せだったのかもしれませんが、

やはり同じ幸せなら

隣にいる見知らぬ人とも仲良くなれるような

心穏やかな幸福の方に

アフロは憧れます。

果たして今はどこでどうしているのか?

今後にも注目です。

本日も最後までお読み頂き

ありがとうございました。

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