服部匡志(ただし)濱田岳演じるベトナム眼科医がNHKドラマに!本も!【ベトナムのひかり】

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こんにちは。

マダム・アフロよ。

最近、気になる国「ベトナム」。

先日は「世界はほしいモノにあふれてる」で

美味しそうなベトナム料理の数々も

紹介されていて、

さらに心が惹かれたわ(*’ω’*)

鈴木珠美ベトナム料理シェフプロフィール!「Kitchen.」の場所やレシピ本も!【世界は欲しいモノであふれている】

最近でこそ、大きな発展を遂げている

ベトナムだけれど、

ひと昔前、医療機器も設備も

ちゃんと整っていない病院で

たくさんの患者さんの目に

光を取り戻した伝説の眼科医がおられ、

その方の実話にしたドラマがNHKで

「ベトナムのひかり」として

放送されるとのこと!

そのモデルとなった

服部匡志(ただし)医師について

今回は調べてみたので

良かったら一緒に見ていってね。

プロフィール

出典:https://info.asahi.com/

服部 匡志(はっとり・ただし)

生年月日:1964年

出身地:大阪府

出身校:京都府立医科大学

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目次

  1. 眼科医・服部匡志(ただし)プロフィール!いじめや父の死も
  2. 服部匡志(ただし)がベトナムの赤ひげ先生になったのは?
  3. 服部匡志(ただし)を濱田岳が演じる!NHKドラマ「ベトナムのひかり」
  4. 服部匡志(ただし)の著書紹介

1.眼科医・服部匡志(ただし)プロフィール!いじめや父の死も

服部匡志(ただし)さんは1964年

大阪府生まれ。

濱田岳さんがドラマで演じる羽鳥志郎

予告では良い感じにチャキチャキの

関西弁を使っていたわね~(*’ω’*)

小学校高学年の時には

ひどいいじめにも遭っていたみたい。

その時の経験が

「弱きを助ける」という今の

服部匡志(ただし)さんの

生き方に繋がっているみたい。

医者っていうとご両親も医者の方が

多い印象だけれど、

林田康隆(眼科医)の近視遠視目薬は?経歴や妻子、著書やYsサイエンスクリニック広尾評判も!【ホンマでっかTV】

服部匡志(ただし)さんの父・敏郎さんは

いったい何の仕事をされていたのかしら?

ちょっと分からなかったけれど、

なんとなく医者ではなさそうなのね。

ただ、この父・敏郎さんの存在は

服部匡志(ただし)さんの人生に

大きな影響を与えたみたい。

中学3年の時に胃がんが見つかった

父・敏郎さんは、匡志(ただし)さんが

高校2年生の時にお亡くなりに。。

その時に、レポート用紙に記した

こんな遺書が残されていたのね。

「お母ちゃんを大切にしろ。

人に負けるな。努力しろ。

人のために生きろ」。

また、父親が入院中に

医師が看護師に父親の悪口を言うのを

聞いてしまった服部匡志(ただし)さん。

本当に心から大きなショックを受けたのね。

人間不信になって北海道に

家出をするくらい…。。

その時の悔しさや怒りなどもあって

「患者さんの痛みが分かり、

最高の技術を持った医者になろう」

と医学部進学を目指すことになったとか。

心ない医者の存在が

ベトナムの赤ひげ先生の生まれる

きっかけになったんだとすると、

ある意味ありがたいことではあるけれど…

やっぱりちょっと人として悲しいわね(・_・;)

目指していたのは阪大医学部だったようだけど

ことごとく受験に失敗し、なんと4浪!!

ここでくじけなかったのが

服部匡志(ただし)さんと

支えていたお母さまの凄いところね(;・∀・)

最終的に京都府立医科大学に入学。

父親が患った胃がんに関係する

消化器内科を希望していた服部さんだけど、

この時に恩師となる眼科の

木下茂先生と出会うことになるのね。

その懐の深さや

「世界を目指してやっていこう」という

木下茂先生の言葉に惹かれた

服部匡志(ただし)さんは

眼科医を志すことに…。

やっぱり、ちゃんと

準備が出来ている人のところに

必要な出会いは訪れるものなのね。

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2.服部匡志(ただし)がベトナムの赤ひげ先生になったのは?

そんな服部匡志(ただし)さん、

母校でのレジデントを終了し、

当時はまだ普及していなかった

内視鏡を使った治療(網膜硝子体手術)を

手掛けるなど、

最先端の眼科医療テクニックを駆使して

世界的に名前が知られるようになっていくのね。

眼科医として忙しくしながらも

趣味のウインドサーフィンに勤しむなど

充実した日々を送っていた

服部匡志(ただし)さん。

そんな服部さんに転機が訪れたのは

2001年、京都で開催された

日本臨床眼科学会での

ベトナム人医師との出会い。

このドクターは服部さんを捕まえ

「多くの人が失明している。

何とか助けてほしい」

と懇願したのね。

もともと「弱きを助ける」気持ちの強い

「仁」の人である服部匡志(ただし)さん。

半年間すごく迷った後

「情熱と技術があればなんとかなる」と

家族の大反対を押し切って

3か月の約束でベトナムに渡るのね。

だけど、そこで目にしたのは

日本では考えられない

ベトナム国立眼科病院での惨状。

患者はあふれかえり、

失明の危機にある重症患者が

たくさんおられたのね。

服部さんはマンションの頭金で

必要な医療機器などを購入し、

治療にあたることに…

これを最終的に認めた

家族の方も凄いわね…(・ω・;)

3か月はあっという間にすぎるも

患者さんは途絶えることはなく…

ついに服部匡志(ただし)さんは

「とことんやってやろう!」と

月の半分を日本で働き、

残り半月はベトナムで手術をして

ボランティア医療を続けることに!!(゚Д゚;)

服部匡志(ただし)さんの心には

きっといつも父親が遺した言葉

「人のために生きろ」

息づいていたんでしょうね。

最初は訝しく見守っていた周囲も

段々と服部さんの活動に

協力してくれる方向に。

こうして服部さんは

「ベトナムの赤ひげ先生」として

広く知られることに。

2005年には日本の外務大臣より感謝状贈呈。

2014年にはベトナムで外国人に与えられる

最高勲章「ベトナム友好勲章」を

受賞されているわ!

この方々の時も思ったけれど

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本当に「医は仁術」を体現している

素敵な先生がおられることが

なんだか希望が持てて嬉しいわね。

濱田岳さん主演のNHKドラマ
「ベトナムのひかり」や
服部匡志(ただし)さんの本は
次のページに進みます!

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コメント

  1. 通行人 より:

    ノーベル平和賞をあげたい。

    • Madam-Afro より:

      通行人さま

      コメントありがとうございます。
      本当にそうですね!
      こんなお医者さんが実在することに
      日本もまだまだ捨てたもんじゃないなぁって、ドラマを見て涙ぐみながら思っていました。

  2. まいな より:

    NHKで2012年1月12日に放送!
    2019年では?

    • Madam-Afro より:

      まいなさま

      コメントとご指摘に感謝です!
      本当ですね…過去に戻っていました(;・∀・)
      早速訂正いたしました。
      ありがとうございました!!