こんにちは。
マダム・アフロよ。
誰だって過ちを犯すことはあるわね。
人間だもの。
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で、意外と大きく道を踏み外した人が
改心して、その後、そのエネルギーを
人のためなど良い方向に使うようになると、
物凄いパワーを発揮することもあるわね。
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もちろん皆が皆というワケでは
ないのが残念なところだけれど…(^^;)
今回の「激レアさんを連れてきた」に登場する
吉永拓哉さんは、光りある方向に転換して
成功された人の一人ね。
波乱万丈な人生を経て
吉永(よしなが)さんが敏腕新聞記者、
そして「ブラジル番長」としての地位を
確立するまでの軌跡を調べてみたので
良かったら一緒に
見ていってね(・∀・)ノシ
プロフィール
出典:http://www.edomacho.com/
吉永拓哉(よしなが・たくや)
生年月日:1977年9月22日
出身地:福岡県福岡市
愛称:ブラジル番長
- 吉永拓哉(ブラジル番長)プロフィール!敏腕新聞記者は元暴走族!?
- 吉永拓哉(ブラジル番長)の著書は!?
- 吉永拓哉(ブラジル番長)の弟・よしながこうたく絵本「給食番長」も!
1.吉永拓哉(ブラジル番長)プロフィール!敏腕新聞記者は元暴走族!?
吉永拓哉さんは1977年福岡県生まれ。
コーヒー会社を経営する父親と
料亭の娘だった母親の間に
長男として生まれた拓哉さん。
弟と妹がおられるようで、
弟は今、話題の絵本作家
よしながこうたくさん。
この方と作品については
後述するわね。
妹は「ゆり」さんと仰るとの情報も。
1991年、中学一年生にして
校内でのシンナー吸引で
学校側から登校拒否されたという
吉永拓哉さん…伝説が凄すぎる(;・∀・)
中学3年で背中に龍のタトゥー、
1995年には福岡の指定暴走族グループ
「鬼姫」の総番長を務められたとのこと。
道は外れているけれど
リーダーシップのある
男気のある方だったようね~。
1996年には定時制高校を
今度は校内でのマリファナ吸引により
高校2年生で中退…(・▽・;)
1997年、遂に逮捕されて
少年院に送致されることになったのね。
罪状は覚せい剤取締法違反、
共同危険行為(暴走行為)、暴力事件。。
もうご両親の心中を考えると
ハラハラしてしまうわ( ̄ω ̄;)
この少年院生活の中で
「文章を書くこと」に
目覚めることになるのね。
そのきっかけが「反省文」
というのがまた常人離れしてるところ。
少年院で20才を迎えた
吉永拓哉さん…仮退院後は社旗復帰し、
新天地を目指してラテンアメリカ大陸へ
渡ることに…!!
ス…スケールが違うっ!!
エクアドルで日本人移住者が経営する
バナナ農園で働いた吉永さんは、
その時に見た異国の地で逞しく生き抜く
移住者の姿に心打たれ、
人生観が変わったとのこと。
その後、ペルーの民芸品店で
働くなどして南米を旅していた
吉永拓哉さんは、途中、
外国人に拉致されそうになったり、
ボリビアで不法入国容疑で連行されたりと
その道中も波乱万丈!!
1999年にはブラジル東北部で
ラブホテルの作業員として働いていた
吉永拓哉さん…そんな中で
ブラジルという国に
とても惹かれていくのね。
2000年に日本に帰国したときは
日本と南米の架け橋になることを
心に決めていたそう。
ご自身の豊富な人生経験を活かし
地元博多で不良少年改心の会
「フロンティアクラブ」を設立したり、
南米の物産販売会社を設立。
地元で精力的に活動されていたみたい。
2001年には憧れのブラジルの永住権を求め、
再びブラジルへと渡った吉永拓哉さん。
その時はアマゾンの奥地で
日本人移住者にお世話になりながら生活し、
その後、ブラジル南部のカウボーイの町に
移ったとのこと。
2002年に一時帰国されているんだけれど
その時には福岡を訪問された
フジモリ元大統領のSPを
務めたというから驚きね(゚Д゚;)
ブラジルのギャング団に
命を狙われたりしながらも、
ブラジルへの想いは断ち切れず
2004年にはついにブラジル永住権を取得!!
その後、ブラジルに渡った吉永拓哉さんは
ブラジルの日刊邦字紙「サンパウロ新聞社」に入社。
ここで少年院時代の反省文で鍛えた
巧みな文章力・語学力を活かし、
社会部記者として活躍することに!!
…人生、何が後に活きてくるか
分からないものね~( ̄▽ ̄;)
その時の活躍が相当凄かったんでしょうね。
その後2006年に日本に帰国し、
サンパウロ新聞社福岡支局を
自ら設立した吉永拓哉さんは、
NPO法人チャレンジ・ブラジル福岡支部も開設。
元ヤンキー・イラストレーター、
コラムニストとしてデビューし
特に地元では「ブラジル番長」として
人気者に!!
現在は
- 日本とラテンアメリカの架け橋
- 取材およびサンパウロ新聞社に記事を配信
- 在日ラテンアメリカ人との交流
- アルベルト・フジモリ元大統領の支援
- ブラジル相談窓口
- ヤンキーアートを展開
などの活動を行うほか、
少年院出院者の自助グループをはじめ、
南米での体験や非行少年の立ち直りをテーマとした
講演活動を様々な公的機関や企業などで
行っておられるみたいよ(*’ω’*)